前回の記事でふれましたブラウジーニョが
逗子で乗った日から、今日でちょうど一年。
その際に
ハイウインドに掲載した写真、レポートを載せてみます。
W杯で優勝経験のある実力を持つ選手が
逗子で乗ると、どのように乗り、見る者にどう感じさせるか、
などを書いています。
長文ですがご覧頂けたら幸いです。
4-6m/s、たった2時間のデモ、
しかし「ブラウジーニョ以降」
逗子のウインドサーフィンは変わってしまったPhotos=Tetsuya Satomura
Report=Yasuyuki Araki
■「急な話しですが、明日の午後二時、逗子に
ブラウジーニョを連れていきますよ」
NORTHSAILS、FANATICのディストリビューター・
川井氏からの、待望の電話だった。
いつも逗子だから、たまには違う場所でプロ
モーション、との噂。どうしても逗子でのブラ
ウジーニョのライディングを見たくて、何度も
しつこく電話して頼み込んだ熱意に、川井氏が
応えてくれたのだ。
9月6日、月曜。週末は数百人のウインドサー
ファーで混みあう逗子だが、人が少ない。
川井氏の好意に答えるべく、メンバーや知人に、
手当たり次第に電話する。
「明日、ブラウジーニョが逗子に来るよ!」
明日なのに、急遽休みをとって逗子にやってき
たメンバーも多数いた。
約束の午後二時、浜から見渡せる駐車場にハイ
エースが停まり、ブラウジーニョが降りてきた。
遠目でも一発で分かる。188cmの長身、スター
性、端正なルックス、女性メンバーたちは歓声
をあげ手を振って歓迎。
風がプレーニングする程度まで上がったらデモ
開始。僕は午後のスクールの海面に出た。経験
5回程のビギナークラス。それでもすいすい乗
れてしまうほどの微風。体重60kgの僕がプレー
ニングまであと一歩、88kgのブラウジージョ
がプレーニングするにはもっと吹かないと。
歓声や拍手でざわつきはじめた。なんと、その
微風で、ブラウジーニョはデモを始めようとし
ていたのだ。
とっととスクール生を浜に上げる。かれのデモ
見る方が勉強になるよ、こんなチャンス滅多に
ないよと。他のスクールも,一般ウインドサー
ファーもほぼ全員が上がる。
浜辺を散歩する人、砂遊びをする子供達、海の
家の解体作業にはげむ人たちも「何の騒ぎか?」
とばかりにギャラリーに加わった。その数50
人くらい。カメラやビデオを取り出し、構える。
はじめは女性陣の黄色い歓声のみだったが、次
第に技の凄さに驚かされた男性陣のウォーとい
う低音が混ざり、技を繰り出すたびに歓声は大
きくなっていくのだった。

■南南西のクロスオンショア、ブローで6m/s
程度。188cm、88kgのブラウジーニョにとっ
て激アンダーなはずなのに、たまに入ってくる
ブローを巧みにとらえプレーニングし、タメや
助走をほとんどせず次々技を繰り出す。
まるでブラウジーニョだけに、ブローと掘れた
波が集まっているようだ。あれ、風が上がった
のかなと周りを見回すと、プレーニングしてる
のはやはりラージセイルか小柄な女性セイラー
くらい。
神さまは不公平なものだが、ブラウジーニョに
は物理法則が適用されないという特典まで与え
られたのか。ウインドと似て非なる、他者とは
違う乗り物を操っているようだ。
ほんの僅かに、途切れ途切れしか入ってこない
ブローを捉える。
レースしても相当速いはずだ。
海面を広く使っているわけではない。
デモの迫力のために、ビーチから極力離れない
位置で掘れた波を取る。波打ち際から5mくら
い、水深膝くらいの,手を出せば届きそうな位
置でトリックする。いい写真にするために,海
に入ったカメラマンのすぐそばで。ミスしたら
カメラマンにヒット、事故につながりかねない。
カメラの目の前で技をメイクするだけなら、ま
だ容易(?)だが、ブローのタイミングとプレー
スメントをピンポイントで合わせるとなると難
易度は比べものにならず、しかも色々な意味で
ごまかしのきかない微風でもあるのに……。
デモがスタートして20分後だった。完全に止
まった状態から一気にプレーニング、KONOを
決めた。全く止まっていたはずなのに、パンピ
ング一発とほぼ同時に技に入った。助走距離は
ほとんどゼロだった。どうすりゃそんなことが
できるんだ?

たった30分のデモだった。しかしフォワード、
イースライダー、ロリポップ、フラカ、エアフ
ラカ、シャカ、チャーチョ、スポック、ファン
ネル、バーナー、コノ、BOBなどを連発。トリッ
クのひとつひとつは逗子ローカルでも全くでき
ないわけではないが、回転の速さ、ジャンプの
高さ、セイルと水面との距離、低いジャンプで
もマストが一切海面に触れないなど、完成度の
次元が違う。
通常は、プレーニング,助走を経て,ワザに入
るのだが、ブローが短いので、プレーニングし
た瞬間に技に入っている。
この風でプレーニングしていること自体凄いが、
ブラウジーニョはそのうえしばしば、スイッチ
スタンスやリーウォードでアプローチするのだ。
さすがに多少の失速は避けられないので、ト
リックに入る前にお決まり3発のパンピングを
かます。
かれが3発のパンピングをかますたび僕らは期
待に息を呑み、トリックメイクでどよめき交じ
りの歓声を上げるのだった。
そして、あらためて確認する。
「そうだ、ここは逗子だった」

■ブラウジーニョが海からあがると、その日最
も大きな拍手が湧きあがった。ギャラリーに囲
まれ、即席の写真撮影&サイン会は延々と続い
た。普段なら出ないかも知れないアンダーコン
ディション、旅の疲れもたまっているだろうが、
常に笑顔を絶やさない。質問攻めにあっても一
つずつ丁寧に答えていく。
僕は感謝の気持ちから、道具の片付けを手伝お
うとした。
「ありがとう、でも僕は自分の道具の片付けは、
必ず自分で行うようにしている。セッティング
を解くのは、道具のチェック、その日のチュー
ニング、ライディングを振り返る、僕にとって
大切な時間なんだ」
以前逗子にビクターが来たときにも聞いたのだ
が、初めて入るゲレンデで、「流して」風や波
をチェックすることもなく、なぜいきなり、合
理的なフルパフォーマンスができるのか?
イメージを作っているのだろうか? だとす
ればどのような?
返ってきた答えは、驚くほど具体的で,緻密な
ものだった。
「フリースタイルでは、どれだけビーチの近く
でメイクできるかを考えている。フィニッシュ
は波打ち際、限界ギリギリの位置で決めたい」
「それぞれのトリックによって変わる、ジャン
プからフィニッシュするまでの所要距離に応じ
て技に入る場所が決まる。 ブローを捉えプレー
ニングに入るのも、フィニッシュ位置から逆算
した、位置、タイミングに従っている」
一流のパフォーマンスは一流の意識を前提
としているということか。いかなる「被写体」
になるかというプロ意識も同様だった。
「ウォーターショットならスプレーを綺麗に見
せたい。しかしカメラにスプレーがかかりすぎ
ると没になるから、レンズの直前、5cmでス
プレイを止めたい。風がジャストオーバーであ
ればカメラ目線が常時できるが、アンダーでは
難しい。その技においてどこが被写体としての
ハイライトになるかを考え、その瞬間はカメラ
目線に、と心がけている」
もっと基礎的なこと、海に出る前、何を確認し
たかと聞く。
チョップおよびブローが発生する場所、周期、
傾向。ギャラリーにもっともアピールできるパ
フォーマンスエリア。そのアウト側の限界ライ
ンの設定。
海に出てからの確認事項は?
ビーチスタート時に深めまで運び、ビーチ際の
水深をチェック。乗りながらウケの良い技を
ギャラリーの歓声で判断。勝つためのライディ
ングと,楽しませるデモとは違う。今回はリー
ウォードから入る技のウケがよかったようだ。

■今回ブラウジーニョがチョイスした道具は以
下の通り。特殊なモノはなく、全て一般に入手
できるプロダクションである。
ボード=FANATIC SKATE TE 110L
セイル=NORTHSAILS DUKE 5.9㎡
ブーム=NORTHSAILS SILVER アルミブーム
150-200cm
マスト=NORTHSAILS PLATINUM 430cm
道具の大きさは、コンディションを考えれば妥
当。ややユニークなのは34inchというハーネ
スライン長だが、ブラウジーニョの異様な腕の
長さをみればこれで必要最低限かもしれない。
ブームはかなり高め、ジョイント付近に立って
鼻の高さくらい。アンダーゆえ、よりマストを
立て、早くプレーニングに入れるように。
ちなみに、以前、ブーム高はケースバイケース
だったが、ダックしてリーウォードから飛び出
す、FUNNEL、BURNER、KONO、が流行して
からは、PWA選手の誰もがブームを高めにセッ
トしている。単純に高いブームの方がくぐりや
すいから。
弱めの風でパンピングすることを考え、パワフ
ルにするためにダウン、アウトは既定値マイナ
ス1cm程、と緩め。今年のDUKEは二個あるク
リューのグロメットの上側を使えばリーチがタ
イトに、より加速がよく、パワフルなセイルで
飛び出しは楽に。
下を使えばリーチが開きやすくなり、コント
ロール性能が増し、チョッピー海面で扱いやす
くなる。よって微風の逗子では当然上にセット。
NORTHSAILSのメリットは、セッティングの
イージーさだと言う。風域によるハーネスライ
ンの取り付け位置、ブーム高、アウトテンショ
ンの数値全てがセイルにプリントされている。
誰もが、素早く、ベストセッティングできる。
迷いがなくなり、海に出ている時間も増える。
SKATEはエッジが立ち気味で、水切りが良く、
軽量化も手伝って、ことにアンダーで走る。従
来より30%長くプレーニングが続く印象。
コンプリートフィンも良くなった。ブラウジー
ニョも、従来はフリスタ用に改造したものをつ
けていたが、素のままのコンプリートフィンに
満足しているという。
ストラップは、アンダーのときはややタイトに
し、ボードとの一体感を高め、パンピングを効
率よく、ともアドバイスしてくれた。

■わずか2時間の逗子滞在だったが、ブラウ
ジーニョは強い印象を残し、PWAデンマーク
戦へと発っていった。
「ブラウジーニョ以降」逗子も変わった。
明らかに微風での出艇が増えた。PWAのサイ
トを毎日チェックし、ニュースやトピックスを
僕に伝える人、ブラウジーニョのセッティング
をコピーする人。見向きもしなかった微風でフ
リスタをはじめたスラローマー……。
リカルド・カンペロ全盛期のフリスタパフォー
マンス、連勝中だったビクター・フェルナンデ
スのウェイブパフォーマンスを、ここ逗子で見
てきたローカルは、少なからず目が肥えている。
今回のブラウジーニョは、微風だったがゆえに、
パフォーマンスの絶対的な速さ、大きさは前者
に劣ったかも知れない。が、「眼からウロコ」
度はもっとも高かった。